校区は、京都府北部の東舞鶴と西舞鶴の中間である中舞鶴地域にあり、北は舞鶴湾に、南は五老ヶ岳の麓に接し、明治時代の軍港開港に伴い市街地が形成され、造船と軍港の町として栄えた。現在、世帯数4800世帯、人口約8600人あまりの市街地である。近くには大手造船所や海上自衛隊があり、それらに勤務する保護者も多く、そのため毎年全国的な範囲で子供たちの転出入がある。

本校は、中舞鶴の中心部より西の方に少し離れ、和田の海の近くに建っている。1小学校、1中学校という特徴を持ち、子供たちは幼いころより、同じ人間関係の中で育ち、人なつっこく仲がよいが、反面、馴れ合いになり、切磋琢磨に欠ける面がある。

校区には、昭和49年より校種間の枠を超え、中舞鶴の子供たちの発達に共同して責任を持とうということで、「中舞鶴保幼小中高連絡会」や平成2年より中舞鶴地区の教育力を高め、青少年の健全育成をよりいっそう進めることを目的とした「中舞鶴青少年育成支援協議会」も設立されており、本校PTA活動と合わせて積極的に中舞鶴青少年健全育成活動が推進されている。地域を挙げて本校の教育活動には協力的である。